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2017年6月21日 (水)

日本の士業の学歴とパラダイム改革

日本の士業は、原則、国家試験に合格することが条件です。

国家試験の受験資格は今や撤廃されつつありますが、たとえあっても大卒レベル。

撤廃されれば、高卒、中卒何でもありです。

資格の種類によっては、高卒の方も多いのではないでしょうか?

ただし、国家試験の合格レベルを高くして、実務の基本となる知識を担保する性格がありますので、

その限りにおいて、実務はこなせる、と見て良いと思います。

しかしながら、昨今は、士業もコンサルティング業務が必須になってきました。

コンサルティング業務とは、士業の業務と異なり、ルーチンや規則がないので、基本自由です。

様式なんてものはなく、結果次第です。

これはこれで、やり易いと思うかもしれませんが、

コンサルティングの要素には、やはり学歴や研究歴は必須だと考えます。

士業の実務よりも極めてレベルが高いと考えています。

コンサル会社の社員をみても、みなさん、学歴が高いです。

経営コンサルを例にとれば、何らかの形でクライアント企業の経営改善を図るため、

学歴や研究歴、実務歴がとくに重要です。

医者の世界でいえば、内科医に相当します。

症状をみて、どこが悪いのかを推測でき、それに対応するための措置や方策をとる。

この能力が必要です。

これに対して、士業は、極めて特殊的な能力や実務で職務を全うできるとされている。

まさに、眼科医、歯科医のような存在です。

しかしながら、このようなコンサル全盛の時代だからこそ、

学歴や実務が無視できなくなる。

他方、欧米の弁理士です。

彼らは、Ph,D、MBAの学位を一つ又は複数有し、複数の大学(院)を卒業するなど、

高い学歴の人材が多いのが現状です。

言語だって、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語など複数の言葉を自在に操る。

もっとも米国に限っては、私が利用した特許事務所で、サービスが良いと感じるところは皆無ですが。

もちろん、日本人が米国で開業している事務所もこの中に含みます。

そもそも日本ではやっていけずに、米国に逃げて日本人相手に商売しても無理な話です。

ただし、ドイツや英国にはサービスが素晴らしい特許事務所があります。

私は、まさにこれこそが、日本の士業にクライアントから要求されているミニマム・スタンダードだと考えます。

国家試験のレベルを高くして、絞るという方法は、

時代やクライアントの事情に合わなくなりつつある。

むしろ、テクニックではなく、広く深い教養が必要なのです。

日本に、2つも3つも博士号、MBAを保持した士業の人は何人いますか?

4つも5つも、外国語を自在に操れる人は何人いますか?

比較的学歴の高い層がいる、弁理士でも、せいぜい修士が1つと英語くらいですよね。

弁護士(ロースクール卒を除く)なんて、大卒がメインです。

司法書士や税理士は高卒が相応にいたりします。

これはクライアント視点からみると、局所的にしか期待できず、クライアント余剰も小さいのです。

このような現状のなか、

同業者で仕事を奪い合うという構図は、レッドオーシャンの中で必死にもがく木船のようなものです。

しかし、視点を変えれば、ちょっとしたことも気づきになります。

定年後は士業で頑張る(又はそのように目論む)方は多いと思います。

会社の定年が65歳で人の寿命が85歳だと仮定すれば、

無給時代が20年です。

年金財源も枯渇していきます…

このような方でも資格で道を開くことができる方法があるようです。

これは私の修論のテーマでもありますが、

上にあげた日本の士業の学歴の低さ、局所的であることをキーワードに、自己改革してみてください。

資格(士業)で捉えると、パレート効率的な現状では、価格競争により他人の効用を下げて自分の満足を高めることになります。

しかし、自身が立つ位置を変えることができますので、

そうなれば、競争相手はいません。

そのようなパラダイム改革を実現すれば、

あなたはその世界のピカソになり得ます。

日本の士業者は多いですが、

レベルが高くないので、競争相手ではない。

むしろこれまでの士業が増えれば増えるほど、

パラダイム改革を実現した自分が輝きます。

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2017年6月20日 (火)

弁護士倫理研修

付記代理研修には、倫理研修がくっついています。

これはこれでとても重要というか、代理人、いや人間として遵守して当たり前なのです。

なので、今さら、付記代理だからで、研修を受けるというのも変なのですが、

もっと変なのは担当講師の弁護士が言っていた言葉です。

侵害訴訟事件の代理人となることで、弁理士がなぜ弁護士倫理を遵守しなければならないのかの積極的な理由について。

その講師曰く、いろんな誘惑があるからとのこと…

えっっっ?

いくらなんでも嘘でしょうに。

侵害訴訟の代理人になったくらいで、そんな誘惑なんてあり得ないよ。

知財なんかの侵害訴訟で××ヤクザや△△事件屋が絡むことは皆無なのだ。

不動産事件じゃあるまいし。

事実、今までうちのとこに来たことは無いぞ。

どんな誘惑で、一体誰得やねん??

知り合いの弁護士も、今時、そんな甘い誘惑なんてないと言ってる。

弁護士数が少ない昔の事情は知らないが、

今や、弁護士なんて掃いて捨てるくらいいるじゃないか。

その人がダメなら、別の人ということで、

昨日今日開業した若手弁護士なんて、ホームページを検索すればどっさり釣れるだろう…

そんな変な理由を後付けしなくても、やらなあかんものは当然やるのだから、

素直に『やれ』と言えば、済む話。

私も楽して、どうのこうのは全く考えていません。

やっぱ、弁護士とは話が合わないなぁ。

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付記代理研修の途中の感想…

付記代理研修も半ばに入った。

相変わらず、退屈で眠たい講義ばかり。

特に、今回の意匠権侵害の講師は酷いもんだ。

少しかじった程度の弁護士よりも、30年、40年と経験を積んだ意匠専門弁理士の方が受講生にとって利が大きい。

同じことを話すにしても、工夫次第で場の雰囲気を一変できるはずだが、

そんな人にはほとんど会ったことがない。

士業の中では、中小企業診断士の話が一番面白かったりする。

求心力というか、何かワクワク感を抱かせる話し方が多く、

聞き手を夢中にさせる。

さすが経営コンサルという感じだ。

弁護士の講師は、法律に長けて優秀なのかもしれないが、話し方がイマイチな人が多い印象。

話し方に工夫がない人が多いようだ。

あれじゃ、私が依頼人なら仕事出せないなぁ。あるいはすぐに解任させる。

弁理士も他人のことは言えないが、

その辺のスキルも磨かないと。

昔なら資格だけで仕事が舞い込む…だったかもしれないが(私が知らない昔の世界)、

今の時代になって、芸は身を助けることは、士業にもそのまま当てはまる気がする。

インターネットの発達により、素人でも知識レベルが上がっているのだが、

お客様に指名のボタンを押して貰える決め手は、そういうところにあったりするものだ。

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2017年6月17日 (土)

キャリア相談を…

こういう私でも、ふとした機会から、キャリア相談を受けることがある。

20代、30代前半の男子が多いかな。

女性は40代が多い。

その中では、現在の仕事に不満ながら、今後のキャリア、転職したい、別の仕事がしたい…などさまざまである。

一応、私が弁理士という士業で事業を継続したいるため、

その辺の意見を求められているのだと思う。

そのなかで、私は既存の組織に属することが嫌なら、どんどん転職してもよいと回答している。

しかし、ひとつ条件がある。

それは、この分野では偏差値的に60以上の結果を出せること。

つまり、その分野でお金をとれる自信があること。

これが条件だ。

できない自分に対して環境を変えても、意味がなく、転職を繰り返すことになる。

そうなれば、ニートやフリータになり、社会から脱落することになるのだ。

ひとつだけ、てっとり早い方法がある。

それは国家資格は取得すること。

国家資格を取得すれば、実は世間的には偏差値60とみなされている。

実際の実務レベルを考慮されること無く…

そのような甘い雰囲気を買うことができるのは、難関といわれる国家資格の取得以外には存在しない。

では、何の国家資格が良いのだろうか?

私は弁理士だが、弁理士というつもりはない。

この業界は極めて特殊で、狭く、ふろしきの世界が業界を牛耳る古臭い体制である。

何かというと、ベテランに甘く、若手に厳しい世界で、若手は甘い汁を吸うことはできない。

弁理士会の歴代の会長をみても、20代、30代が皆無であることが、物語っている。

若手にオープンなら、20代の弁理士が弁理士会会長を務めても、文句はないはずだ。

でも選挙というが、実際は派閥がモノをきかせる方法で会長のポストが決まる。

弁理士以外の士業の実情もよく似たものであろう。

また、士業は国家資格といっても、いわゆるサービス業である。

クライアントに便益を提供してナンボのもの。

その意味で、実は、真に価値があるサービスというのは無いのだ。

クライアントが競争社会に身を置く環境では、クライアントの便益がその競争相手の余剰を小さくしている関係にあるため、

士業が提供するサービスは局所的というか、そのクライアントの極大値を高めることに過ぎない。

社会的余剰を考慮すれば、どっかの餅をこっちに持ってきているに過ぎず、

戦国時代の戦と同じである。

このように考えると、社会的余剰を高める資格は、医師と歯科医師以外にはない。

個人的には獣医師も入れたいが、社会的余剰はヒトを対象にしているため、ここでは省く。

考えてみれば、人は、健康であって、はじめて自分の生活や仕事ができ、責任を全うできるのである。

病気があればその治療して、いずれ社会に復帰する。

そのことがサービスとして実現できるのは、医師と歯科医師のみである。

士業とは比較にならない程、社会的価値が大きい。

弁護士をはじめとする士業群と、医師では、価値の次元が全く異なるのだ。

先のキャリア相談の話に戻ると、

私はこのような考えているので、20代、30代前半なら、医学部・歯学部に入り直せとアドバイスしている。

ロースクールが定員割れで廃校というニュースが多いなか、医学部は軒並み30倍以上の高倍率からも容易に理解できる。

弁護士と医師では、それほど住む世界が異なり、社会的ステータスの差も歴然としている。

米国の肩書きは、ドクター(医師)、プロフェッサー(大学教授)は特別敬称であり、他は一律ミスター(男性の場合)である。

弁護士も特許弁護士も同じミスターである。

ロイヤーやアトーニー○○とは呼ばれない。

ちなみに、私は、海外の弁護士から、nishimura-san,

とメールを頂く。

医師の社会的価値の高い環境は、日本だけではなく、世界中に広がる。

米国、ヨーロッパ、中国なども同じだ。

学歴に優れ、キャリア志向の高い若手の悩みは、医師になることで、解決できると踏んでいる。

医学部であるが、国立と私立があり、後者でも授業料が2000-6000万円の開きがある。

地方の国立大の医学部でも東大の理Ⅰクラスの偏差値が必要になるなか、私立医学部に進学することは仕方がないことである。

その私立でも、日本医大、慶応・医、順天堂あたりは比較的(あくまでも比較的だが)、低額な授業料だ(競争率と偏差値は高いが)。

帝京大・医や東海大・医は5000万円にもなる。

そこで、ひとつの抜け道として、自治医大、防衛医大はおススメだ。

授業料の免除にかえて、僻地や自衛隊入隊の条件がつくが。

さらにもうひとつ、外国の医学部に進学する手もある。

いずれにしてもお金の問題は解決できることが多いから、

志高く、理想に燃える若い諸君は、医学部へ進学することを強く勧めたい。

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”カール”が無くなる喪失感…

子供のおやつといえば、カールです。

私は特に、かれーがけ、といわれるカレー味が大好物。

小学校から高校生くらいまでは、よく食べてました。

スナック菓子の御三家は、ポテチ、カール、かっぱえびせん。

それが、売れ行き不振から東京では発売停止。

関西では、”うすあじ”と”チーズ”のみが販売継続で、カレーがけが販売停止。

35年前からのお付き合いも、お菓子コーナーから無くなれば、悲しいです。

最近、あまり食べませんが、

無くなると言われれば、無性に食べたくなる。

私も世間も同じようです。

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2017年6月15日 (木)

ふるさと納税をやってみます

今年、はじめてふるさと納税をやってみます。

今年の課税所得が確定しないうえ、上限もあるので多くをふるさと納税することはできませんが…

一度、体験してみたい。

例えば、来年の市民税が100万円と仮定して、

仮に今年のふるさと納税(寄付)100万円分すれば、来年市民税がゼロだと思っていたのですが、

実際は上限が決まるため、それ以外の寄付は税金控除としてカウントされないことになります(所得税として経費にはできるようですが…あくまで経費であって所得税控除ではない)。

ふるさと納税の難しいところは、

寄付の上限額が前もって確定しないこと。

この理由として、今年の年末にならないと課税所得が確定しないからです。

自営業の人は注意が必要ですね。

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2017年6月 4日 (日)

日曜日のオフィスから~ブレイクタイム~

事務所で仕事です。

中間処理が終わり、ランチ替りに、大好きな神戸屋のパンを頬張り、コーヒー片手で少しブレイク。

昨日は、JAISTで技術標準化論の学生プレゼンの会でした。

ほぼ同期の方ですが、

皆様のやっている業界の情報が得られ、とても新鮮で良い勉強をさせてもらった。

主幹事のS氏、

金融メーカー勤務で話が面白いN氏、

博士ながら再度の学業に励む若手のK氏、

多くの個性的な同期のさくらに恵まれ、感謝しています。

私は起業論が大好きで、

強い日本には、個性的で強い個人が必要である、という信念のもと、

起業計画を発表いたしました。

JAISTの社会人は勤務されている方が多く、日々、忙しくされているようです。

定年まで勤務するというのもひとつの考え方で良いと思いますが、

私は、個人からもっと起業の話が出ても良いかなと思います。

何が言いたいのかといえば、

JAIST社会人で何が起業会みたいなものをつくり、そこで新しい価値を社会に提供していきたいと、思っているのです。

同期のさくらには、多くの個性的で優秀な方がいます。

皆それぞれで役割を分担し、実際に起業することも有りですし、

世の中の事例を研究し、学会で発表するのでもいいかなと思います。

皆ひとりひとりが、自分でしか提供できない価値で社会を盛り上げていければ、これはとてつもない大きな原動力となって、強い日本を創り上げることができるに違いないと信じています。

JAISTに限らず、日本の専門職大学院などにおいても、

個人が、若手が、主体的になって社会(世間)と取引・活動していく姿、

これが今の日本の学術会に必要なのではないかなと思っています。

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2017年6月 1日 (木)

北朝鮮流~恫喝方法の秀逸さ~

北朝鮮のミサイル・核で、アメリカのトランプが踊らされている。

北朝鮮にとっては、核を手放すことは、滅亡と同じ運命なのだろう。

その意味では、金正恩のカードの切り方は絶妙だ。

他方は、トランプは、チキンレースに負けてしまい、恥をさらしてしまった。

金持ち喧嘩せず。

自分または自国のパフォーマンスのために、はるか彼方で武力行使を繰り広げる。

これはチキンの考え方ともいえよう。

北朝鮮のミサイルは、いわゆるICBM弾である。

高度の計算から、米国、アラスカくらいまでは余裕で届く。

こうなれば、金正恩は、核の脅威を武器にして、アメリカと交渉することが可能なわけだ。

トランプは妥協せざるを得ない。

周辺諸国は、どうか。

中国やロシアにとっては、出来の悪い弟分がいて、逆にガス抜きができたりするわけだ。

日本だってそうだろ?

韓国と仲が悪くなってくれば、北朝鮮に近づき、事をすすめる。

こう考えると、

北朝鮮という国は、皆が非難する国というレッテルを貼られているが、

うまく利用している・利用されている、絶妙な関係にもなるわけだ。

本当に嫌なら、

朝鮮半島を中国かロシアが統治するか?

こっちのシナリオの方が米国にとっても日本にとっても最悪になる。

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好評!~西村流・素人に対する意匠の類似範囲の説明~

意匠権の効力や意匠出願のメリット・デメリットの説明を、クライアントから受けることが多々あります。

分野的には、ローテクの分野で、今さら特許がとれなさそうな分野が多いかな。

次の候補として、意匠に矛先が向くわけですが、

意匠権の類似範囲の説明をするにあたり、条文通りの回答していては弁理士としてダメなんですよ。

弁理士試験の口述試験では、条文通りで◎ですよね。

実務では、×になります。

だって、クライアントに理解できないし、イメージもわかないから。

意匠に疎い人が、意匠の類似範囲について、特許庁の審査基準を持ち出しても、そんなの誰が知るか?

になるのです。

では、西村はどのようにイメージ付けしているのか?

私が、メイク(化粧)にたとえた例を、わかりやすく説明します(学説でいえば修正混同説です)。

「例えば、スッピンのときと、メイクしたときで、同一人物でも印象が変わりますよね。でも、そんなに大きくは変わらないでしょ。松田聖子さんが中森明菜さんにならないように。スッピンのときの顔がもつ美しさは、他人にイメージづけされているです。で、そのスッピンの美は、毎日基本的に同じもの。この美を意匠では美的思想というのです。メイクした後、かなり雰囲気が変わったように印象付けられますが、でも実は、スッピンのときの特徴をベースにしてそのままその美を引き継いでいるんだけなんですよ。ふつうの人がメイクしても、トップモデルと間違われないのと同じで、スッピンの美の特徴の上に足されたメイクで、他人が受ける印象を少し変えているだけなのです。でも、いくらメイクしても無理ってあるのです。トップモデルと同じ顔にはならないように。このメイクで同一人に対する他人の印象が変わる範囲を『意匠の類似』といいます。印象が変わりますが、同一人であることは認識されている。西村がいくらメイクしても、西村であることはバレてしまうように。ここまで、意匠の権利範囲として保護されるイメージです。

しかし、双子の人同士なんて、スッピンのときの顔が全く同じですよね、区別できずに、他人は間違います。そうなるとメイクした後もスッピンのベースの部分が、人を区別できる決めてとして参考にならないんですよ。他人は、本能的にメイク後の顔だけで区別しようとします。双子のメイク後の顔にフォーカスをあて注意深く比較します。そうなると、僅かな違いでも、両者の区別の決めてとして持ち出すことになります。この僅かな違いに注意する現象は、僅かな違いで両者を区別しているという意味で、実は意匠の類似範囲を狭く解釈しているのです。物品のデザインでも、ありふれたデザインならこのような解釈になる。そうなれば、僅かな違いで他人は区別でき、同じイメージに該当しなくなるのです。‥‥」

メイク前後をたとえにした説明ですが、

クライアント受けの良さから、我ながら傑作だと思っている今日この頃ですo(*^▽^*)o

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