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2020年9月25日 (金)

五分五分というのは専門家の見解ではない!

かなりの昔、特許関連の係争で補佐人をしていたときの話。

ある程度、手続が進行したところで、依頼人が訴訟代理人である弁護士に勝ち目を聞いてきた。

私は補佐人として期日に同行した経緯から9割以上は勝訴と思っていたので、当然、その弁護士からの回答も勝訴であると予想していた。

しかし、その弁護士の先生からは『五分五分』という回答だった。

おそらく依頼人も勝訴になると思っており、結審間近となって確認的に弁護士に勝敗の行方を聞いたのであろう。

私もその五分五分という回答に耳を疑った。


専門家であれば、弁護士であれ、弁理士であれ、五分五分という回答は絶対にすべきではない。

その回答の意味するところは、わからないと同じであり、依頼人の期待する回答ではないのだ。

それなら、『わからない』と回答した方が潔い。


依頼人は、勝ちなのか、負けなのかの見解を知りたいはずだから、勝ちか負けかを回答する必要があるのだ。


そもそも五分五分というのは、半々であり、専門家の回答になっていない。

素人でも五分五分という見解を持っているだろうに。


依頼人は、勝ち筋か負け筋なのかを知りたいのであり、もっといえば、勝訴か敗訴を知りたいのだ。


その弁護士の実力を問うているのではない。

専門家としての態度というものがあるはずであり、自分の見解に基づき、シロ・クロをはっきり伝えるべきなのだ。

最終的に、自分の見解と反対の結論になってもいいじゃないか。

それによって、依頼人が専門家としての実力を疑い始め、信頼性を失ってもいいじゃないか。


それらを避けるために、自分を守るような見解をしている時点で専門家として失格だ。

私は弁理士として、特許になるか拒絶になるか、特許になるとすればどのような権利範囲で特許になるのかを、最初の相談時にクライアントに示している。

最終的に私が示した方向性で補正して特許に至っているケースが多々あるのであるが、仮に私の見解と正反対となる拒絶査定に至り、クライアントと私との信頼関係がなくなり、切られても仕方がないと思っている。

その場合、私は先を見る目がなく、専門家としての実力が伴わなかったのであり、それを進んで受け入れるのだ。

少なくとも『五分五分』という回答は、これまで一度もしていない。

専門家というのは、常に武士の精神で歩むべき道である。

時には自分の実力では対応ができないケースもあるだろうが、どんな場面でも勇気をもって全身全霊で立ち向かい、自己の見解を導く。

その自己の見解には専門家として責任を持ち、専門家の力量を依頼人の判断に預ける覚悟を持つ。

専門家が保身に走ったり、自己弁護や責任転嫁を繰り返していれば、専門家として『生きたまま死ぬ』ことになる。

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