特許の技術的思想vs意匠の美的思想
特許権侵害訴訟では、
技術的思想や技術思想という考え方がとても重要になります。
特許庁の実体審査では、本願発明の構成に新規性・進歩性があるかが問われます。
作用効果については、当該発明の構成を具備していれば、当然に実現されるものであるという立場であり、発明の構成が同じであれば作用効果も同じという判断になります。発明の構成が同じなのに、作用効果のみが異なるという主張は通用しません。
作用効果が相違するのであれば、その相違を作用効果として実現できる程度に、発明の構成を考える必要がある。いずれにしても、発明の構成に着目する意味で、技術思想という言葉は対特許庁として万能ではない。
裁判所に対する手続では、発明の考え方という根幹から考慮されるため、
従来技術・発明の課題・解決手段・作用効果がワンパックとなって、技術思想が認定されます。
この意味で、特許要件論と侵害論は似て非なるもの。
これに対し、意匠は、美的思想が考慮されます。
意匠の類似の議論では、
・消費者の混同を主とする混同説
・美的思想を主とする創作説
・これらの中間である折衷混同説
など、多数の説があります。
現在の特許庁の実務では創作説、裁判所の実務では、混同説~折衷混同説が主流になっていると感じます。
それでは、美的思想とはどのように解釈されるのか?
創作説は特許庁で審査の指針とされている説ですが、拒絶理由通知の対応で嫌でも考えさせられます。
しかし、意匠の願書や図面には、従来技術なる従来意匠が記載されていません。
このため、従来意匠の認定では、公知となる登録意匠や公知資料に記載された意匠などを調査し、認定していきます。本願意匠のこの部分はAというネットの資料、この意匠のあの部分はBというブログ記事のように、出願前に公開されている情報を意匠の要部候補から除外していき、出願前公知でない部分で本願意匠の要部を特定していきます。
出願前に自分で調査しておかないと、後に意匠が無効になったり、類似範囲が狭くなったり、使い道が悪い権利になってしまうおそれがある。
そこが、特許と違って、難しいところ。
意匠の創作者が自分で考え抜いてデザインを創作しても、従来意匠としてそのデザインが開示されていれば、意匠法により意匠の特徴とは認定されない。自分が主観的にデザインのポイントと思っていても、それが法的保護の対象になるかは別問題。
こう考えると、意匠法はなかなか面白い学問でもありますね。
権利行使をする側も、権利行使を受ける側も、それぞれに独自の攻撃防御の方法がある。
これを突き詰めると、
プロパテントの意匠戦略として、アンチパテントの対策として、日頃から意匠に対する接し方を考えていかなければなりません。
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