« 商標の意見書は難しい | トップページ | 書道の稽古 »

2021年3月19日 (金)

【知財高裁】JASRACの著作権判決の予想的中

昨日、JASRACの著作権の事件に関し、知財高裁から判決が出ました。

西村は、講師(報酬をとる側=業としての側)と生徒(授業料を支払う側=業としてではない側)で基準がわかれると予想していました。

理由は簡単。


本当は、裁判所として生徒側まで著作権侵害で著作権料の徴収を訴えたいのであるが、

生徒の演奏にまでお金の徴収を持ち出せば、世間から集中砲火をあびます。

だから、事業者である講師と、習う側の生徒の間で線を引き、生徒側にはお金の支払いが不要として、火消しに妥協した判決になります。


地裁の裁判長が、強者優遇の判決寄りで一審で社会問題となった事件に対し、知財高裁がそれを是正した、よくあるような事例。

この事件が、強者対弱者であれば、知財高裁でも一審判決が維持されている可能性がきわめて高い。

生徒側からもお金をとるという図式になれば、マスコミや国民の反感を買うのは必至。

国民の反感を敵にすれば、裁判所といえども強行を貫くことはできません。


裁判官の出世コースの鉄則は、国よりの判決にすることだそうだ。

どの裁判官がどのような判決を書くのかを監視している機関もある。

裁判官が強者に加担することはよくある。

我々は判決という結果でしか判断できないが、裁判になってしまえば、反社が絶対に勝てないのと同じ理由。


そういう意味では、国>>>>裁判所、という力関係になる。


だから、事件として適切なケースであれば、国民を巻き込んだ社会問題にすればよい。

全国民を敵に回せば、裁判官といえども、なんとも格好がつかない。


一方、裁判官でも出世を気にしない人もいるだろうから、

そういう方に事件があたれば、良くも悪くも、前例にないような判決が出ることがある。


それを紐解くのは、その裁判官が過去にどのような判決を書いてきたのかのサーチに尽きる。

裁判といっても、担当する裁判官によって、戦略を変えなければなりません。

それが弁理士・弁護士の腕の見せ所になります。

« 商標の意見書は難しい | トップページ | 書道の稽古 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 商標の意見書は難しい | トップページ | 書道の稽古 »

2022年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト

西村知浩の特許事務所

無料ブログはココログ